TSUYUDAMAEKI

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | - | | Clip to Evernote |
日常に潜むコレオグラフィー


ソワレを観に行くのは久しぶりで、夕方に出かける準備をして、当日券を狙って会場へ向かいました。
その小さなスタジオは天井が高く、国際演劇祭のために滞在していた異国のあの街のスタジオにも似ていて、私はそのときのことを思い出していました。
夜の緊張感。これから何かを目撃できる期待。


怠惰にかけては勤勉な
黒沢美香のソロダンス
『薔薇の人』第15回 鳥図
2012年12月4日〜7日
@中野 テルプシコール



ダンス、と言っても一般的に想像するような、音楽があって振り付けがあって、とんでもない身体性を見せつけて圧倒するような、そういうものではないのです。
コンテンポラリーダンス界のゴッドマザーとも言われているその人。
枝のようにも、鞭のようにも見える細く長い(2mくらいある)棒を2本持って登場し、しゃらしゃらとさせながら、壁や床を確かめるように部屋を歩き回ります。見ている私は、これを1時間観るのかなあ...と心配になるほど、なにか意味があるようには思えない、思いつきのような動き。
次に、脇に置いてあった(観客としては単なるスタジオの備品だと思っていた、)台とロープを持ってきて、それを部屋の角へ移動させるのですが、単に移動させるわけではない、もったいつけた動きがつづきます。「...。でも何か意味があるに違いない。」と、辛抱強くそれを見守ることしかできません。

次第にわかってきました。これまたスタジオに何となく吊るしてあった、大きな布のかたまりを、台とロープを使って落とそうとしているのです。その大きな布のかたまりは、なんだか鳥の巣に見えてきます。

無事そのかたまりを地上に落とすことに成功し、その中からいろんな物が出てきます。カラスが集めそうなガラクタにも見えるし、でもそれぞれはきっと持ち主の思い出の品々なんだろうなと思える品々です。その中から、いとおしそうに一枚の手鏡を見つけて、幕引。

なんとなく思いつきでスタジオをうろついているだけのように見えて、最後にはきちんと、話はまとまっていたんだ!と気づかせる、落としどころが思いもよらなくてすごい。そして、たしかに鳥ってそういうかんじだよなと、動物の模写・その動きの咀嚼として、実に納得がいくものでした。私は観客でありながら、同時に観察者になっていたのかもしれません。

いわゆる"BUTOH"について、私たちは学校においてほとんどその教育を受けていないため基礎的知識がなく、でも、なにもダンスって音楽に合わせて激しく身体を動かすことのみをその目的や結果にしてるわけではないわけで。
では、同じことを同じように繰り返す技術を、身体性の点で追求したのがダンス(―というか演劇的な知の一面であるの)なら、それはごく日常に潜んでいる視点といえるのではないでしょうか。
ダンスやBUTOHに対する取っ付きづらさのひとつとして、芸術表現としてのそれにリテラシーが必要だと思われているふしがあります。しかし、「日常的視点の(再)発見」として、コンテンポラリーダンスの面白さや興味深さは見出せるんじゃないかなあと、私は思います。

JUGEMテーマ:舞台鑑賞


| ykkiee | Performing Arts | このエントリーをはてなブックマークに追加 | Clip to Evernote |